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私たちは、今では当たり前のこととして、「原核生物」や「真核生物」という言葉を使います。しかし、実は、この概念が成立する背景には生物学の大きな思想の転換がありました。原核生物とは、大腸菌のような、核膜のない、境界のはっきりしない核を持った原始的な細胞の生物のことです。真核生物とは、核膜のある、明確な核構造を持つ細胞からなる生物のことで、私たちの身体はこの真核細胞によって作られています。
古代ギリシャの時代から、生物界をどう見るかというのは、一つの思想でした。アリストテレス以来、生物界を植物と動物に分ける分類法が、つい最近まで通用していました。動くから動物、動かないから植物という単純な分け方から、葉緑体を持ち光合成をするから植物というように詳しくはなってきましたが、生物界を二つに分けようとすることには変わりありません。1980年代までに高校教育を受けた方は、生物の授業でこうした分類法を教わっていたはずです。
しかし、よく考えると、この分類法では、多様な生物を分類するのは無理だということがわかります。たとえば、ミドリムシという、湖や池で繁殖するよく知られた生物がいます。ミドリムシは長い鞭毛を持ち、泳ぎ回りますから、動物かというと、「ミドリ」という名が示すように、よく見ると植物の一大特徴である葉緑体を持っています。それでは植物なのか……、簡単には結論を出せません。
大腸菌などの細菌はどうでしょうか。細菌の類は、たいがいの場合、植物細胞の特徴でもある細胞壁を持っていますから、以前は植物に分類していました。ところが、大腸菌O157の事件で大腸菌の顕微鏡写真をテレビなどでご覧になった方も多いと思いますが、大腸菌は鞭毛を持っていて、それを使ってよく泳ぐのです。大腸菌は泳いで動くのだから動物でしょうか。生物を単純に動物と植物に分けるのは、このように無理があるということがだんだんわかってきたのです。

こうした矛盾を解決するために、動物と植物以外の第3群を作ろうということになり、顕微鏡でしか見られないような微小な生物を原生生物としました。これで生物界は3界になります。生物学では分類上の最上位の概念を「界」、英語でキングダムといいます。
原生生物をさらによく見ていくと、DNA(遺伝子)は持っているのですが、細胞内にはっきりした核がないものと、核膜があり、はっきりした核を持っているものがいることがわかってきました。この発見は、電子顕微鏡が発達してきた1960年代から70年代にかけてのことで、それほど古い話ではありません。生物を大きく分ける根本的な違いは、原核細胞と真核細胞だということが、認識されるようになってきたのです。細胞のレベルで生物の分類を考えれば、生物界を大きく、原核つまり細菌型の細胞の生物と、真核生物に二分できることがわかってきたわけです。この概念の確立は、生物界をどう見るかという意味で、分類学の革命といってもいいかもしれません。
今では、自然を自然のままに見ようという発想から、生物を大きく5つの界に分ける方法が広く認められています。この「5界説」では、まず、生物を原核生物と真核生物に二分します。そして、真核生物を、動物と植物の他に、カビやキノコなどが含まれる菌類を加えて分類し、これら3つに分類できなかったものは原生生物に加えます。これで、生物は、1)原核生物である細菌類、2)原生生物、3)菌類、4)動物、5)植物の5界に、無理なく分けられることになります。

ここで興味深いのは原生生物です。アメーバやミドリムシなどの単細胞生物がここに分類されますが、定義上、他にもさまざまな生物が原生生物に分類されます。たとえば、私たちが研究している真正粘菌も原生生物に分類されます。真正粘菌は、「菌」とはいっても菌類の特徴である菌糸や細胞壁を持たず、変形体と呼ばれる、動き回る粘ついた細胞の塊を作ります。また、時期が来ると、キノコに似た小さな子実体で胞子を作りますが、胞子が発芽して出てくるのは菌糸ではなくアメーバです。これでは、動物や植物はもちろん、菌類にも分類できませんから、5界説では真正粘菌を原生生物に分類します。
原生生物には、顕微鏡でなければ見えない単細胞生物や、多細胞生物的ではあっても、動物にも、植物にも、菌類にもなっていない過渡的な生物が分類されることになります。その意味で、原生生物は、真核生物の進化の宝庫と考えることもできます。ちなみに、ワカメやコンブといった海藻類も、植物ではなく原生生物界に分類されることを覚えておいてください。これも、植物の進化を考える上で、極めて重要な考え方です。
1980年代になって、細菌の遺伝子の塩基配列が詳しく調べられ、原核生物が古細菌と真正細菌に二分されることが発見されます。古細菌は、海底火山の噴火口や熱水噴出口近くの過酷な環境で生息する好熱菌や、酸素を嫌う嫌気性のメタン細菌などで、原始的な地球環境に適応した細菌と考えられています。一方の、真正細菌には、大腸菌や乳酸菌などの酸素を必要とする好気性細菌、破傷風菌のような嫌気性細菌、湖沼や金魚鉢などでよく増えて、水質汚染の原因ともなるアオコやネンジュモといった光合成を行なうラン藻などの光合成細菌も含まれます。
古細菌を生命の起源を考える上で極めて重要な生物と考え、生物界を、古細菌と真正細菌、それから真核生物の3つに大きく分けて考えるべきだという主張もあります。このように、単純だと思われていた原核生物の世界が、実は非常に多様で、特に古細菌は、地球上に現れた最初の生物である可能性が高く、生命進化の謎を探るには、この世界を調べる必要があるということがわかってきました。
生物は単純なものから複雑なものへ進化するという原則があるとすると、単純な原核細胞から、核を持ち、ミトコンドリアや葉緑体などのさまざまな小器官を持つ複雑な真核細胞への道のりが、生物進化の次の大きな研究テーマになってくるわけです。<2002.02>
(中)へ続く
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