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特集1.心の機能は、いつ始まるのか(上) 脳、意識、心 その構造とダイナミクス 苧阪直行

意識、心は、脳神経系の活動であることは間違いないが、コンピュータにはまねできない機能である。心、意識の機能や構造を知るために、心はいったいいつ始まるのかという観点から考えてみた。心は、従来考えられたより早く、胎児の段階で準備され、誕生後成長、再編、成熟という過程をたどるようだ。
お話ししてくださるのは京都大学文学部心理学教室教授の苧阪(おさか)直行さん。苧阪さんの専攻は実験心理学。少年時代、色の不思議にとらわれてから、大学で視覚を主に研究。最近は認知科学のさまざまな専門家とも連携しながら、実験心理学の手法を駆使しつつ、脳の働きを可視化するさまざまな画像処理技術も使いながら、知だけでなく、情、意の秘密にまで迫る、「意識科学」を提唱されている。

 心というと、皆さん、まず感情を思い浮かべる方が多いと思います。実際、心の働きは感情がベースになっていますから大変重要な機能です。脳内の感情に関係する回路も解明が進んでいます。感情と深くかかわるのは、大脳の辺縁系です。辺縁系は脳幹の上部、新皮質の下に広がっています。扁桃体、海馬、帯状回が含まれる辺縁系は、より古い下位の視床下部と、新しい上位の新皮質の前頭葉とを結び、感情の回路を作っていることが動物実験で確認されています。
 しかし、人間の感情の働きは思考、推論などの知の領域とも深いかかわりがあり、非常に難しいテーマなので、まだ研究の手が十分届かないというのが現状です。人間の心の活動を知・情・意と分ければ、知の処理が、ようやくある程度わかってきたという段階です。この先、情や意が、知とどのような関係を持ち、どのような役割を果たしているのかが心理学の実験やニューロイメージングという脳内の画像化の方法によって明らかにされてゆくのではないかと思っています。
 そこで、ここでは心の中でも、感情というより、気づきに導かれたアウェアネスやそこから生まれる高次な意識を中心にお話しします。意識と心をほぼ同じ意味で使ってはいますが、意識は特に気づきを持つ心であるという位置づけです。
 私はこの意識を三層構造で考えています。三角形を思い浮かべてください。三角形の一番下に生物的な意識ともいえる覚醒のレベルがあります。その上の中間層に知覚と関係が深い気づきに導かれたアウェアネスのレベルがあり、最上位にリカーシブ、つまり再帰的な意識、自己意識のレベルがあります。この三層モデルは、感情にはふれていませんが、感情の回路がこの三層モデルとどうつながるか、別に図式を描く必要があると思っています。
 この意識の三層構造は、心の発展段階とある程度対応しています。人間の心はどのような段階を経てさまざまな機能が働き始めるのか見てみましょう。

胎児の五感は四カ月で働き始める?

 胎児の画像診断技術が進み、胎児を対象にした周産期医学の研究によって、いろいろなことがわかってきました。たとえば胎児は4カ月くらいで、すでに五感がかなり働いていることが最近になってわかってきました。
 生まれたばかりの赤ちゃんの場合、言葉を使えないので、心の働きを調べるのは難しいのですが、表情、身体の反応などのノンバーバルなコミュニケーションを使って実験することは可能です。昔から心理学でも乳児の心の仕組みは調べられていました。視覚を例にとると、生まれたばかりでは、色も形もほとんど見えず、曖昧模糊とした空間を認識しているのではないかと、長い間、信じられてきました。ところが最近になって、乳児に対する厳密な実験心理学的な研究が進み、乳児は実際にはかなり視力もいいし、色も形も認識していることがわかってきたわけです。乳児は言葉で表現できないということもありますし、微妙な反応しか示しませんからデータを取り出すことが難しかったわけです。
 こうした研究の結果から、人間は胎児の段階で心の萌芽を成長させ、生まれたときには、心の働きの基盤となるような、五感を中心とした外界の認識能力が、かなり完成されていると考えていいと思います。ただ、五感から情報はどんどん入ってくるのですが、まだ脳の構造ができあがっていないために、入ってきた情報を選択し取り込んでいくことは苦手なわけです。外界から入ってくる情報を組織だてて整理することが、まだできない状態です。
 その脳内の五感の情報ルートは、聴覚は側頭葉、視覚は後頭葉と決まっています。嗅覚、味覚もそれぞれの脳の領域が決まっていて、そこに情報がまず送られますが、入ってきた情報は分岐して、感情の回路で重要な役割を果たしている扁桃体にも送られます。その扁桃体で、五感の情報から感情的な情報が生み出されると考えられています。五感からの情報が、相互に協調、あるいは競合、抑制しながら、一つの意味を持つように生まれ変わっていくわけです。
 そういうことができるようになるには経験が必要です。乳児でも、極端に酸っぱいものを食べたりすると反射的に吐き出したりしますが、そういう味覚の基本的な認識のシステムは、胎児の段階から用意されています。そういった基本的な感覚がだんだん他の感覚とも競合、協調しながら、より高次な好き嫌いを判断する感覚に発展していくと考えられます。

脳の成熟は後ろから前へ

 このように人間の脳は発展途上の状態で生まれてくるわけですが、その後の発達の進み具合は脳の部位によって異なります。
 人間は視覚的動物といわれるくらいで、視覚に関係するところは、脳全体のおよそ3分の1の容量を占めています。その視覚に関係する領野が占めている頭の後ろの部分の大脳皮質は、かなり完成度が高い形で生まれてきます。
 大脳皮質の成熟は脳の前にいくほど遅いのです。その典型は、頭の前の部分にある前頭前野といわれる部分で、脳の中で最も成熟の速度が遅いといわれています。ここは乳幼児では、ほとんど神経的な構造が定まっていません。
 人間の場合、前頭前野は二十歳くらいになってやっと成熟のピークに達します。また、前頭前野は発達が遅いだけでなく、劣化するのも一番早い領域です。そのため、高齢者の記憶や行動の障害に関係するいろいろな問題が出て来るわけです。
 進化的には、人間の、後部の視覚認識の脳は完成に近いところまでできあがっています。それに比べて、情報を選択して束ねたりするような高次の認識をつかさどる記憶の座である側頭葉や、注意の座ともいわれる頭頂葉、さらに思考の座といわれる前頭葉などは発展の途上だといえます。
 左の大脳半球の側頭葉の真ん中あたりから前頭葉にかけての領域は、言語に関係する領域です。ここも二十歳くらいまでをピークにして、ぐんぐんと発達してきます。他人の言っていることを正確に理解でき、考えていることを発話し、言語を介した認識や表現もできるようになるという機能は、前頭葉も関係してくるわけです。
 人間は視覚的動物ですが、社会的動物でもあります。社会的動物は、感情的な情報も交えて、言語や身体を介して他者ともコミュニケーションできるわけです。社会的生活を営むためにも、前頭葉、それから言語に関係する側頭葉の機能の成熟が必要なのです。
 このように脳は後ろから前に向かって、さまざまな高度な認識、心的な機能を可能にするシステムが、順次開花していくわけです。

三歳ころに心は再編される

 誕生後の心の発達で、大きな変化が生まれるのは三歳ころだと考えられています。発達心理学でいわれているように、自分が世界の中心であるという段階を脱し、脱中心化の視点を獲得するのが三歳前後だとすると、その新たな視点を獲得するに伴って、脳のいろいろな神経的なネットワークの再編成が起こっていると考えられます。ふつう、三歳くらいの子供が、一歳の時にどんなことをしていたかというエピソード的な記憶をほとんど持っていないのは、そのためだといわれています。これを幼児期健忘症と呼んでいます。
 三歳くらいのこの時期、脳内の神経細胞・ニューロンは加速度的に成長して、高度な情報の処理が可能になるようなところまで発達しようとするのですが、ニューロンが密林のように繁茂すると、いわば風通しも悪くなって、働きが悪くなってきます。そこで整枝、ニューロンの刈り込みが行われ、それまで保持されていた記憶が再体制化されることによって、いったん整理されてしまうと考えられます。
 そのあとで、自己モニターの働きを通して自己の認識が、社会的な状況の中で徐々に形成されていくのだと思われます。その過程で表情などのノンバーバルな情報も含めて、情動的ないろいろなコミュニケーションを通して、他者の心を知ることができるようになります。
 また、言語を通して、より正確に他者の心を知ることができるようになります。もっと高次な形になると、他者の心を読みとって、その裏をかくとか、あるいは、だます、嘘をつくことなどもできるようになります。こうした行動も、社会的な適応の一つかもしれません。

本来の心は自己認識から始まる

 三歳以前の子供は、意識や心の芽生えはあっても、本来の意味で心が完成されているとはいえないところがあります。もちろん、見たり聞いたりするということが、心の一部であるということはいえます。そういう定義で心を考えれば、かなり早い時期から心は始まるといえますが、私の意識の三層モデルでいえば、リカーシブな意識が、人間固有の意識に最低必要な階層に当たりますので、これが確立しないと本格的な心が生まれたとはいえないと思います。
 アウェアネスのレベルの意識は、胎児にもあるかもしれません。アウェアネスまではすべての動物にあるといってもいいでしょう。アウェアネスというのは、対象に気づいて、敵であれば逃れる、餌であれば近づく、その原理をなすような脳の仕組みですから、基本的にこの能力がなければ、自然淘汰の原理にあわないということになります。
 前頭前野などの発達に伴って、視覚にしても、ただ受動的に見ている段階から、より能動的な注意に導かれながら、自分の興味のある対象を選択して見るという、能動的な行動に変わっていきます。この注意を向けるというのも、心の重要な側面です。母親の体内では、あまり外部環境にふれていないので、注意は発達していませんが、生まれてから外部の環境、お母さんの声を聞くというふうな刺激に取り囲まれることによって、志向的な注意が生まれてくると考えられます。
 そして志向的な自分の心がそこから生まれ、さらにその延長上に、自分固有の心というものが徐々に形成されていくと考えられます。それが、三歳くらいからでしょう。
 やはり、リカーシブな意識、自己を認識する、自己をモニターするシステムが、脳の中に形成されて、それを元にして、自己モデル、そこから拡張した他者モデル、それから社会的な、他者の行動のシミュレーターが、自分の脳の中に獲得されるというプロセスができて初めて、心が始まったといえるのではないかと思います。自分自身の心のモデルができると、それを利用して他人の心のはたらきが想像できるようになると考えられるわけです。そこから出発して、親兄弟、友だちや他人へと、理解の対象を広げていくことができるようになります。
 乳児は、外部環境、他の人間、物理的環境、色とか形といったものなどの刺激にふれることによって初めて、脳が眠りから覚まされて、本来の心の働きが発揮されるようになるのだと思います。<2002.01>

(下)に続く

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