ゑれきてる
   
   

新ヒューマンサイエンス 現代人の心と身体

第2回 スポーツ科学をビジネス、生活に活かす(上) 談 河野一郎
スポーツ科学は人間の心身について新しい知識を集積してきた。その成果の一部は一般の人にも適用できるはずである。たとえば、個人も組織もベストコンディションであることが望ましいのはいうまでもない。スポーツの世界のコンディショニングのノウハウから、何が学べるか筑波大学人間総合科学研究科の河野一郎さんにお話をお伺いした。
河野さんは、日本オリンピック委員会理事で,日本ラグビー協会強化推進本部長としてワールドカップ団長の経験もあり、スポーツ医学がご専門だが、そのユニークな発想はビジネスに近いものがある。

コンディショニングは、まずゴールの設定から

 コンディショニングで大事なことは、まず、コンディションの到達点を明確にすることです。競技選手の場合わかりやすいのですが、オリンピックで世界記録を出すことを目指した場合と、ソルトレーク冬季オリンピックのスピードスケートの清水選手のように、腰が痛いという中で、できるだけよい結果を残すためにどうすればよいかでは、コンディショニングは違ってくるわけです。
 これを一般人の高齢者の健康に置き換えてみますと、まず最悪のコンディションは寝たきりですね。そうすると、まず、寝たきりにならないためということが目標になります。次に、体を動かして自分で人生を楽しめる、さらに社会に貢献できる、あるいはアマチュアスポーツを楽しむなど、それぞれの目的によってコンディショニングは違ってきます。
 ビジネスマンも自分が目標にしたいコンディションは何なのかを明確にする必要があります。たとえば営業職、研究者、あるいはエグゼクティブとでは、当然コンディションの目標は違います。
 自分の目標にするコンディションと、もう一つ重要なのは、やはり自分の人生観です。ビジネスマンのコンディショニングは、二つのタイプに分けられるかもしれません。仕事をするためのベストコンディションだけを考えて追求していくか、仕事もするが自分の時間を仕事以外のことに使うことも追求するか。
 ベストコンディションは一般的に語れるものではなく、相対的であり、個性があるわけです。自分が何をしたいかをはっきりさせる主体性が必要です。

コーチの仕事は動機づけ

 コーチングということばは、ビジネスなど最近スポーツの社会以外でも使うようになってきています。コーチングは、コンディショニングの考えが明確でないとできません。
 元々、コーチということばは、馬車とか、バスの意味です。ある集団を、ある人を、ある場所から次の場所へ運ぶことがコーチングです。当然、悪い方に運ぶのではなく、スポーツの場合は、勝つためによりいい状況にすることがコーチングです。ビジネスでいえば、その会社、もしくはその仕事の目標に組織として向かっていけるようにすることです。
 日本のスポーツ界では、コーチングは、どちらかというと技術指導だと思われているのですが、それはごく一部です。馬もその気にならなければ水を飲まないのですから、コーチングの基本は、その人間にやる気を出させることです。手取り足取り技術を教えるのではなくて、本人にその気にさせるためにいい状況で問いかけをするということが、コーチングの原点です。

プロジェクトとしてのスポーツ

 コーチングには三つのスキルが重要視されています。コミュニケーション、プレゼンテーション、コンセプチュアルです。この三つはMBA(経営学修士)の取得プログラムでも重要視されています。
 コミュニケーションスキルはコーチングの一番重要なところですし、また、コンセプチュアルスキルがなければ到達点の絵は描けません。コンディショニングには、スポーツ科学も欠かせませんが、大事なのは、到達点の絵が描けることです。まず、ビジョン、その次にアクションプラン。そして、アクションに起こして、ゴールセッティングになります。この一連のプロセスが明確でないと、いいコンディショニング、いいコーチングはできないのです。このプロセスは基本的にはビジネスにも適用できるはずです。
 従来日本のスポーツ界には、「道」という概念がありました。選手は求道者です。最高到達点が、たとえば剣道8段だとすると、練習も生活もすべてそこに向かって集中することになります。「道」も大事なことですが、今の競技スポーツの世界では、片方のサイクルです。
 最近のスポーツ界では、どちらかというと、スポーツはプロジェクトだという考え方です。プロジェクトは、目標と時間が決められています。目標がオリンピックだったり、国内大会であったり、問題は結果を出すためには何をすればいいかなのです。プロジェクトの発想が欠落していて、ゴールセッティングがうまく調整できなかったり、タイムスケールを間違えたりするとコンディションのピークが合わなくなることもあります。
 ビジネスでいえば、市場の需要が旺盛になり、一番製品を出さなきゃいけないときに工場の生産体制が間に合わず、消費者が他社製品を買ってしまったというようなものです。いかにいい製品を作っても、プロジェクトとしては失敗だったということになります。<2002.07>

(つづく)

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