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Presented by 『ゑれきてる 1998 第70号』

複雑な現象に立ち向かう現代物理学

多様性に潜む「コト」の不変性 Chap.1

山口 昌哉 蔵本 由紀

山口 昌哉
Masaya Yamaguchi

京都大学
名誉教授

京都大学名誉教授。1925年生まれ。著書に『非線型現象の数学』(朝倉書店)『カオスとフラクタル』(講談社)『食うもの食われるものの数学』(筑摩書房)『カオス入門』(朝倉書店)などがある。現在の研究テーマは、1)力学系におけるカオスとフラクタル、2)生物数学における非線型偏微分方程式、3)偏微分方程式の数値解析と分岐理論。

蔵本 由紀
Yoshiki Kuramoto

京都大学
大学院理学研究科
教授

京都大学大学院理学研究科教授。1940年生まれ。著書に『パターン形成』(朝倉書店)『散逸構造とカオス』(岩波書店)など。現在の研究テーマは、1)非線形振動子の引き込み現象、2)時空カオス、3)発展方程式の縮約理論。

自然科学の範として、
世界の多様な現象の奥にある統一的な法則を探求してきた物理学。
モノを対象に徹底的な要素還元論的アプローチをとってきた物理学の領域に、
ひそやかな地殻変動が起こった。
ここでは、非線形科学と複雑系の結び付き、
「大きな物理学」から「小さな物理学」へと向かう物理学の未来までを展望する。

複雑系科学ではゆるがない物理学の方法論

<山口>
私はこれまで何度か物理学者の方と対談をさせていただいた経験があるのですが、数年前までは、だいたい皆さん、ホンネのところでは、複雑系やカオスなどは、とんでもないとまでは言わないまでも、物理学の本質にはほとんど関わりないという観点を持っていらっしゃったように思います。

「私たちは、あらゆる事象を単純な原理によって解き明かすというふうに教えられてきましたし、複雑なものを複雑なままに扱うというのはどうしても認められない」というふうにおっしゃった先生もおられました。

いったい、現在の物理学の世界は、全体として、複雑系の科学をどのようにとらえているのでしょうか。

<蔵本>
今おっしゃった物理学者の観点はごく健全だと思います。そういうしっかりした下支えがあるから、「これが物理と言えるか」というような過激な試みも一種の安心感をもってやれるんですね。それを「自由におやりなさい」と許容するのがまた物理の自信の表れです。このようにして、これまでも物理は新しい分野を取り込み、自分を豊かにしてきました。けれど、物理全体から言えば「単純な原理」は根強く信奉されていると思いますよ。これまで物理というのはだいたい生きたものから最も遠い存在を相手にしてきたわけで、そういう対象に一番ふさわしい方法論的基盤をがっちり作ってきたわけですからね。いきなりグニャグニャした複雑なものを持ってこられても、物理としては勝手が違う。だからいわゆる複雑系と物理とはそう簡単に折り合うとは思えないのです。

実証性と緻密な一貫した論理性、これが物理の身上ですね。これでもってめざましい成果を上げて自然科学の鑑とされてきたわけです。しかし、そのために払った犠牲もまた大変大きかったんじゃないんでしょうか。そこが今問題になっていて、新しい動きが出ていると感じられるのです。その意味で、カオスの発見という事件は、長い物理の歴史の中でも格別の意味を持つでしょうね。何しろ、物理学が一所懸命作り上げてきた安定した自然像が足元からグラグラゆらいで、その辺が穴ぼこだらけになってしまった。この自然は至るところ不安定で先行きのわからないことだらけということになってしまったわけですから。その中から物理は何とかして安定した世界像を作り直そうとしている。そこがまた物理の偉いところです。安定という意味がそこでは一段と深みを増してくるのです。ともかく、カオスやそれと不可分の複雑系など新しい潮流が出てきたことで、物理に流動的な局面が現れてきていることは確かでしょうね。ただ、物理は重い車輪のように慣性が非常に大きいのです。

<山口>
物理学の全体、現況はよくわかりました。ところで、蔵本先生ご自身は、カオスや複雑系についてずいぶんいろいろ発言されたり書いたりされておられるが、実際には、どのあたりに位置しておられるのですか。

<蔵本>
いえ、僕は複雑系については表立って発言したことがないのです。もっとも、複雑系といってもこの言葉に込める意味は人によってさまざまですね。極端な話、高温超伝導体を複雑系と呼ぶ人もあるし、一方ではカオス抜きの複雑系はあり得ないと主張する人もある。いずれその語義は落ち着くべきところに落ち着くでしょうが、あるいは忘れ去られるかも知れないが、とりあえずここではこの対談を企画された方が恐らくイメージされているであろう複雑系をそう呼びましょう。

そうすると、水を差すようで悪いのですが、僕は複雑系科学のフロンティアで頑張っているわけでは全然ないし、この科学の信奉者でもないのです。物理学と複雑系科学との関係を図式的に言いますとね、両者の間に「非線形物理学」あるいは「非線形・非平衡現象の物理学」という重要なものがあるんですね。これ抜きでは話にならないのです。この非線形の分野というのは過去四半世紀に非常に豊かな展開を見せて、カオスとかフラクタルとか自己組織化といった、複雑系でもお馴染みの概念もそこで非常に鍛え抜かれて充実した内容に成長したのです。ところが、一般には「複雑系」というとたいがいの方は「聞いたことがある」というが、「非線形・非平衡」などと言うと、「何それ?」とけげんな顔をされる。もっとも、語呂も良くないですけどね、この言葉(笑)。このように、社会的にいびつに膨らんだイメージと実態の間にはすごくギャップがある。この点、実状をよく知っている科学者は事実をもっと説明しなきゃいけないと思うのですが。ところが、科学リポーターの調子に合わせて受けの良いことをついつい言ってしまう。それが公になると真意に反した形になっている場合があるのです。さらに、限られた情報源に基づいてそれを持ち上げられる一部の知識人の方がいたりして、ますますおかしくなる。これはどうにかならないものでしょうか。

さきほどの話に戻ると、僕自身は「非線形・非平衡現象の物理」は曲がりなりにも研究してきましたが、複雑系はやっておりません。一方、山口先生は以前から非線形現象の数理に関するお仕事はもちろんのこと、生命現象とカオスの関わりについても発言されていますし、最近では複雑系の数学との関連で意味論の考察もなさっていますね。ですから、僕などに比べるとずっと軽やかに複雑系の諸領域を逍遥なさっているようにお見受けしますが。

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